ちょっと試験問題からそれて、コラム的に一つ書いてみます。
最近は、著作権に関する意識が高まり、人の書いたものを勝手に使ってはいけない、ということは、常識として周知されてきたように思います。
昔はそうではなかったわけで、何十年も前に書かれた本を見ると、他の人が書いた本にあった表現をそのまま自分の文章として使っているようなものも、現在以上に数多く見受けられます。それは、わざとコピーして使ったというよりも、現代なら著作権侵害として問題になるような使い方だとは知らずに、「参考文献」として使ってしまった、という場合が多いのではないでしょうか。
さて、そんな本を書いた人(Aさんとします)が、20年後、書店に行ってみると、自分の書いた本と同じことが書かれている本を見つけたとします。
人は、自分が他者の著作物を利用する際は「これくらいはいいだろう」と寛容になっても、他者が自己の著作物を利用する際には「そこまでやったらダメだよ」と厳しくなりがちです。
見つけた本の著者(Bさんとします)に対して、「おまえの書いた本は、俺の書いた本のパクリだ!」つまり複製権(もしくは翻案権)侵害だ、と主張したら、どうでしょう。
実は、Aさんの書いた本も、別の人が書いた本(C本とします)のパクリだったのです。Aさんにはその自覚がなかっただけです。Aさんが元にしたC本は、30年も前に出版された本で、そんな古い本に著作権が関係あるとは、Aさんは全く知らなかったのです。完全に自分の著作物だと考えています。
これまでも、ネットで自分の本の内容を勝手に掲載していた相手に対しては、そのつど警告を発し、相手に削除させる、ということが何度かありました。
その間、Cさんが名乗り出てくることは、ありませんでした。
Bさんは、実際はAさんの本をパクった(依拠して複製or翻案した)のでしたが、たまたま、C本の存在を知り、
「私はAさんの本に依拠したのではない。C本に依拠して書いたのだ。Aさんの本には、創作性がなく、著作権はAさんにはない」
と主張しました。
このBさんの主張が認められれば、著作権はC本の著者(Cさんとします)にあります。
Cさんが死後50年たっていれば、C本はパブリック・ドメインですから、Bさんの本は著作権侵害とはなりません。
しかし、Aさんは納得できません。
「俺の著作物なのに、どうして……」という思いは、ますます強くなります。
こんな場合、Aさんが「複製権を時効により取得していた」と考えたら、どうでしょうか。
民法にある「自己のためにする意思をもって平穏かつ公然に著作物の全部又は一部につき継続して複製権を行使する者」という要件は、Aさんは満たしていそうです。
また、判例の「著作物の全部又は一部につきこれを複製する権利を専有する状態、すなわち外形的に著作権者と同様に複製権を独占的、排他的に行使する状態が継続されていること」という要件も、満たしていると言えそうです。
それによってAさんに複製権の時効取得が認められ、BさんはAさんの著作権を侵害していた、という結論が導き出された、ということも、ありそうに思います。
いかがでしょうか?
参考記事「知的財産権と時効の関係を問う問題」
0 件のコメント:
コメントを投稿