2012年7月6日金曜日

不正アクセスと著作権法との関係の問題

【問題】
X社は昭和の人気アニメーションを有料にてインターネット配信している。このサイトにアクセスし,アニメーションを視聴するためにはID及びパスワードが必要である。ある時,X社はこのIDとパスワードが第三者によりインターネット上で販売されているのを発見した。この販売者甲の責任に関するア〜エの記述を比較して,最も不適切と考えられるものはどれか。

ア ID及びパスワードが,インターネットを通じて他のコンピュータを利用するためのものであって,X社又は当該ID及びパスワードを付与されているユーザーに無断で,かつ,当該ID及びパスワード等がどのコンピュータを利用するためのものかを明らかにして提供する販売者甲の行為は,不正アクセス行為の禁止等に関する法律により禁止されている行為に該当する。

イ X社がユーザーにID及びパスワードを提供するにあたって,X社とユーザーとの間にID及びパスワードを第三者に提供することを禁止する契約が締結されている場合は,ID及びパスワードをインターネット上で販売しているユーザーである甲は債務不履行責任を負う。

ウ インターネット上でID及びパスワードを販売する行為については,仮に著作権法や不正競争防止法などの個別の権利を定めた法律について違反していなくても,法的保護に値する利益が違法に侵害された場合であれば販売者甲の行為について不法行為が成立するものと考えられる。

エ ID及びパスワードをインターネット上で販売することにより,デジタルコンテンツの視聴制限,いわゆるアクセスコントロールを回避することは,著作権法上の技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変を行うことにあたるので,販売者甲の行為は複製権等の侵害の幇助行為に該当する。

(23年7月実施)


【解説】
不正アクセスと著作権法との関係を問われる問題です。
ここでは、いわゆる「不正アクセス禁止法」(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)と、著作権法、そして不正競争防止法の関係を知っておく必要があります。


不正アクセス禁止法については、警察庁のページにまとめられているので、読んでみてください。

「不正アクセス」で問題になるのは、ネットワークに接続されているコンピュータへのアクセスです。
インターネットに接続されているコンピュータはもちろん、外部から独立している企業内LANも含みます。



上記警察庁の資料には、次のように書かれています。

4 不正アクセス行為を助長する行為の禁止、処罰(第4条、第9条関係)

他人の識別符号を第三者に提供する行為、例えば、「○○システムを利用するためのIDは△△、パスワードは□□である。」と他人に口頭や電子メール、文書などで教えたり、電子掲示板などに掲示したりする行為は、その識別符号を利用すれば誰でも容易に不正アクセス行為を行うことが可能となる点で不正アクセス行為を助長するものですから、これを放置することは、不正アクセス行為を禁止することの実効性を著しく損なうこととなります。

そこで、他人の識別符号を、その識別符号がどの特定電子計算機の特定利用に係るものであるか(すなわち、どのコンピュータ(のサービス)に対する識別符号であるのかということ。)を明らかにして、又はこれを知っている者の求めに応じて、アクセス管理者や当該識別符号を付与されている利用権者に無断で第三者に提供する行為を禁止、処罰することとしています。

この不正アクセス行為助長罪が成立するためには、

  ●識別符号が、それが付与された者に無断で提供されたこと。
  ●どの特定電子計算機の特定利用に係るものであるかを明らかにして、又はこれを知っている者の求めに応じて提供されたこと。

が必要です。識別符号の提供手段には限定がなく、電子掲示板に掲示する、電子メールで送付するといったオンラインで行うもののほか、口頭で伝達したり紙に印刷して手渡したりフロッピーディスクに記録して渡したりといったオフラインでの提供であっても犯罪は成立します。また、提供行為によって金銭的な利益を得たかどうかは犯罪の成立には無関係ですので、他人のID・パスワードを販売しても、無料で提供しても罪に問われます。

不正アクセス行為を助長する行為の禁止に違反した者は、30万円以下の罰金に処せられることとなっています(第9条)。

なお、アクセス管理者が行う場合及びアクセス管理者又は当該識別符号を所有している利用権者の承諾を得て行う場合については、これらの場合には他人の識別符号を入力しても不正アクセス行為には当たらないこととしていることから、不正アクセス行為を助長するおそれが認められないので、禁止の対象から除外しています。

※不正アクセス禁止法は改正され、ここで言う「第4条」は「第5条」になり、「第9条」は「第13条」になっています。


では条文を見てみましょう。

第5条(不正アクセス行為を助長する行為の禁止)
何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、アクセス制御機能に係る他人の識別符号を、当該アクセス制御機能に係るアクセス管理者及び当該識別符号に係る利用権者以外の者に提供してはならない。

第13条
第5条の規定に違反した者は、30万円以下の罰金に処する。

5条には、専門用語が多数出てきますので、他の条を参照して、定義を調べておかないといけません。
定義条項は、第2条です。

「アクセス制御機能」とは、パスワード等による認証を通らないと利用できないようにしている機能等です。
「識別符号」とは、パスワードや指紋や虹彩、署名等です。
「アクセス管理者」とは、利用できる人・範囲を決定できる権限を有している者です。

これらを見ていけば、本問における甲の提供行為は、第5条で禁止されている行為に該当することが分かります。

適切


明らかに契約違反ですから、債務不履行と言えます。
第三者への提供を禁止することが、公序良俗に反して無効、ということもないでしょう。
cf. 民法415条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

適切


民法709条(不法行為による損害賠償)では、
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
と定めています。

適切


著作権法30条1項2号は、「技術的保護手段の回避」によって複製することは、私的複製に当たらず、複製権を侵害すると定めています。

技術的保護手段の回避技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変(記録又は送信の方式の変換に伴う技術的な制約による除去又は改変を除く。)を行うことにより、当該技術的保護手段によつて防止される行為を可能とし、又は当該技術的保護手段によつて抑止される行為の結果に障害を生じないようにすることをいう。第120条の2第1号及び第2号において同じ。)により可能となり、又はその結果に障害が生じないようになつた複製を、その事実を知りながら行う場合

アクセスコントロールの回避は、著作権法上の「技術的保護手段の回避」には当たりません(不正競争防止法の「技術的制限手段の効果を妨げる行為」には該当します)。
著作権法上の「技術的保護手段」は、コピーコントロールを指します。
従って、本文における甲の行為は、「複製権の侵害」には該当しません。
★著作権法における「技術的保護手段」は、平成24年6月20日成立の改正によって、範囲が拡大しますので、注意が必要です。ただし、それでも本問のケースには該当しないと思われます。

不適切