ベンチャー企業X社は、インターネットを利用して、動画やコンピュータプログラムを有料で配信するビジネスを行うこととした。その際の法的問題を検討するにあたり、平成19年3月に経済産業省から発表された「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(平成20年8月改訂)の内容を確認することとした。X社の法務担当者のア〜エの発言を比較して、この準則に照らして最も適切と考えられるものはどれか。
ア 「サイトの利用規約の法的拘束力に関してだが、利用者が利用規約に同意の上で取引を申し込んだのであれば、利用規約の内容は利用者とサイト運営者との間の取引契約の内容に組み込まれることにより拘束力を持つと考えられる。他方、利用規約を取引実行の条件として必ず同意クリックを必要とするのは非現実的である。従って、ウェブサイト中の利用者が必ず気付くと考えられる場所に利用規約が掲載されていれば(例えば、取引の申込画面にサイト利用規約へのリンクが目立つ形で張られているなど)、利用者は利用規約には拘束されることになる」
イ 「サイトの利用規約の表題であるが、『ご利用にあたって』という表題にすると法的拘束力が弱いため、『利用規約』あるいは『利用規則』とすべきである。これにより、法的拘束力が認められやすくなる」
ウ 「動画ファイルのダウンロード希望者による申込に対し、自動返信メールにおいて、承諾の意思表示が別途なされることを明記した場合、例えば『本メールは受信確認メールであり、承諾通知ではありません。改めて正式な承諾通知をお送りします。』といったように、契約申込への承諾が別途なされることを明記した場合であっても運営者側が、あえて自動返信の仕組みを利用して応答している以上、承諾通知に該当し、少なくとも契約は成立していると考えられる」
エ 「情報財が著作権法で保護されている場合、同法の規定により著作権が制限されている部分(著作権法第30条から第49条まで)が存在する。この部分は著作権法によってユーザーに著作物の利用が認められているものであるが、基本的には任意規定であり、契約で利用を制限することが可能であるとの解釈がある。しかしながら、上記規定について情報財の利用を制限するようなライセンス契約の条項は無効であるとの解釈も存在している。この解釈によれば、例えば、私的複製やバックアップコピーを完全に禁止する条項が、上記により無効となる可能性がある」
(22年11月実施)
【解説】
「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」の内容を知っているかどうかの問題です。
ただし、本準則は毎年のように改訂されており、本問が出題された時と、現在とでは、内容が異なります。
経緯は→ http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/ec/index.html#01
本問はあくまで「平成20年8月改訂」の準則に則っての問題であることに注意が必要です。
平成20年8月改訂版
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/ec/080829jyunsoku.pdf
そんな問題を今さら詳しく解説しても……と思いますので、現在最新の「平成23年6月改訂」準則ではどうなっているかも、併せて記述します。
ア
「ウェブサイトの利用規約の有効性」についての問題です。
「平成20年8月改訂版」では、次のように記されていました。
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1.考え方
物品の販売やサービスの提供などの取引を目的とするウェブサイトについては、利用者がサイト利用規約に同意の上で取引を申し込んだのであれば、サイト利用規約の内容は利用者とサイト運営者との間の取引契約の内容に組み込まれることにより拘束力を持つ。
↓
サイト利用規約への同意クリックなど利用者からのサイト利用規約への同意の意思表示が確認されない限り取引が実施されない仕組みが構築されていない場合には、サイト利用規約に法的効力が認められない可能性が残る。
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また、米裁判例では、同意クリック等の利用者の同意を確認できる仕組みを要件としたものがあることも、紹介されています。
↓
不適切
※では、「平成23年6月改訂版」ではどうなっているでしょうか。
まさにこれが、改訂された大きな論点の一つです。
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(1)ウェブサイトの利用規約の有効性に関する論点の修正
◆改訂前準則の「ウェブサイトの利用規約の有効性」の項目は、「インターネット取引はまだ新しい取引形態であり、現時点でウェブサイトに掲載されたサイト利用規約に従って取引を行う商慣行が成立しているとは断定できない」との前提で記述されていたが、ウェブサイトに掲載されたサイト利用規約に従って取引を行うことは、近年より一般的になってきていることから、そのような利用規約が契約の一部として有効となるための要件について改めて検討して記述した。特に、現在の取引の実態を踏まえ、必ずしも利用規約への同意クリックの仕組みが無くても、利用規約の内容が契約に組み入れられる場合があることを明示的に記述することとした。
また、項目名を「ウェブサイトの利用規約の有効性」から「ウェブサイトの利用規約の契約への組入れと有効性」に修正し、利用規約の契約への組入れの問題と規約の条項の有効性の問題との区別を明確にした。
(準則 i.23 頁)
…ところで、インターネットを利用した電子商取引は今日では広く普及しており、ウェブサイトにサイト利用規約を掲載し、これに基づき取引の申込みを行わせる取引の仕組みは、少なくともインターネット利用者の間では相当程度認識が広まっていると考えられる。従って、取引の申込みにあたりサイト利用規約への同意クリックが要求されている場合は勿論、例えば取引の申込み画面(例えば、購入ボタンが表示される画面)にわかりやすくサイト利用規約へのリンクを設置するなど、当該取引がサイト利用規約に従い行われることを明示し且つサイト利用規約を容易にアクセスできるように開示している場合には、必ずしもサイト利用規約への同意クリックを要求する仕組みまでなくても、購入ボタンのクリック等により取引の申込みが行われることをもって、サイト利用規約の条件に従って取引を行う意思を認めることができる。
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したがって、現在なら、アの選択肢も「適切」と考えていいでしょうね。
イ
同じく、「ウェブサイトの利用規約の有効性」についての問題です。
「平成20年8月改訂版」を見てみましょう。
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なお、サイト利用規約には、例えば「利用条件」、「利用規則」、「ご同意事項」、「ご利用あたって」など、サイトごとに様々な表題が付されているが、サイト利用規約につきサイト側が付している表題は特段の事情がない限り効力に影響しない。
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これは簡単ですね。
表題は、特段の事情がない限り、効力に影響しません。
表題によって法的拘束力が異なるというのは、常識的に考えてもおかしいと思うはずです。
民法における契約の基本は、諾成契約(当事者の合意だけで成立する契約←→要物契約)であることを考えても、感覚的に分かるのではないでしょうか。
↓
不適切
※「平成23年6月改訂版」でも、変化はありません。
ウ
「契約の成立時期」の問題です。
「平成20年8月改訂版」では、
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電子メール等の電子的な方式による契約の承諾通知は原則として極めて短時間で相手に到達するため、隔地者間の契約において承諾通知が電子メール等の電子的方式で行われる場合には、民法第526 条第1項及び第527 条が適用されず、当該契約は、承諾通知が到達したときに成立する(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(以下「電子契約法」という。)第4条、民法第97条第1項)。
なお、「本メールは受信確認メールであり、承諾通知ではありません。在庫を確認の上、受注が可能な場合には改めて正式な承諾通知をお送りします。」といったように、契約の申込への承諾が別途なされることが明記されている場合などは、受信の事実を通知したにすぎず、そもそも承諾通知には該当しないと考えられるので、注意が必要である。
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と書かれています。
ちなみに民法第97条1項とは、「隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる」という条文です。
↓
不適切
※「平成23年6月改訂版」でも、変化はありません。
エ
「契約中の不当条項」の問題です。
「平成20年8月改訂版」を見てみます。
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著作権法第30条から第49条までの規定は、法律で著作権を部分的に制限している(すなわちユーザーに対してその部分の利用を認めている)規定であるが、これらの規定は基本的には任意規定であり、契約で制限することが可能であるとの解釈がある。しかしながら、ユーザーに対してそれらの規定よりも利用を制限しているライセンス契約の条項は無効であるとの解釈も存在している。
(著作権法上の権利制限規定がある部分についてユーザーの利用制限を課している契約条項は無効であるとの解釈をとった場合、不当条項に該当する可能性がある条項例)
・私的複製やバックアップコピーを完全に禁止する条項
・私的複製やバックアップコピーを完全に禁止する条項
情報財が著作権法で保護されている場合、同法の規定により著作権が制限されている部分(著作権法第30条から第49条まで)が存在する。この部分は著作権法によってユーザーに著作物の利用が認められているものであるが、基本的には任意規定であり、契約で利用を制限することが可能であるとの解釈がある。しかしながら、上記規定について情報財の利用を制限するようなライセンス契約の条項は無効であるとの解釈も存在している。この解釈によれば、例えば、私的複製やバックアップコピーを完全に禁止する条項が、上記により無効となる可能性がある。
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↓
適切
※「平成23年6月改訂版」でも、変化はありません。
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